訴      状

                     2004年(平成16年)8月5日

東京地方裁判所民事部  御 中

              原告ら訴訟代理人弁護士 清  水   勉

          原      告(別紙原告目録記載のとおり)
          原告ら訴訟代理人(別紙原告ら訴訟代理人目録記載のとおり)

          〒188-8666 東京都西東京市南町5丁目6番13号
          被      告    西  東  京  市
           上記代表者市長    保  谷  高  範

国家賠償請求事件
 訴訟物の価額  金11,900,000円
 貼用印紙の額  金56,000円

第1 請求の趣旨
1 被告西東京市は、別紙原告目録記載の原告らに対し、各金10万円及び2002年
 (平成14年)8月5日以降支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払
 え。
2 訴訟費用は被告の負担とする
との判決を求める。

第2 請求の原因
1 本件訴訟の意義
 住民基本台帳法(以下「住基法」という。)を法的根拠とする住民基本台帳ネット
ワークシステム(以下「住基ネット」という。)は全国の市町村の業務にとっても、
個々の国民にとっても極めて重大な影響を与える制度であるにもかかわらず、国民
的な議論がまったく行われないまま、2002年(平成14年)8月5日、第一次稼動
が施行された。全国3,100余の市町村(特別区を含む。以下、同じ。)は問題が起こ
れば責任を負うべき立場にあるにもかかわらず、そのほとんどが、「法律で決まった
ことだから」「国が決めたころだから」と、何の問題意識も持たないまま、住民の不
信ないし不安を無視して住基ネットを稼動させている。
 住基ネットは全国の各市町村が自治事務(地方自治法2条8項)として責任を負
う仕組みであるから、住民票コードを住民につけることの意味ないし問題点は何か、
自分たちの自治体にとってどのような価値があるのか、住基ネットの管理にどれだ
けの経費を費やすのか、責任をもって住基ネットを管理し続けることができるのか
等々を、住基法改正案としての住基ネット法案が国会で審議される前から自治体は
十分な時間をかけて住民と議論する必要があったし、同法案成立後においても必要
である。それが地方自治であり、民主主義である。にもかかわらず、住基ネットに
参加している市町村で住民と住基ネットについて真剣な議論を十分にしている自治
体はひとつもない。被告西東京市(以下「被告」という。)もそのような自治体のひ
とつである。
 原告らは、この訴訟を通じて、被告に住基ネットについての真剣な議論を望む。
そして、住基ネットが自治体にとって如何に有害無益であるか、住民票コードが如
何に非人間的な記号であるかを明らかにし、被告に原告らの住民票コードを抹消し
てもらうことを実現するために提訴することにした。

2 当事者
(1) 原告ら
 原告らは被告に在住し、同市の長に住民票コードをつけられた者である。
(2) 被告
 被告の長は、住基法に基づき、住民基本台帳を整備し、住民に関する記録の管理
が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならないものであり
(3条1項)、住民の住民票に11桁の番号である住民票コードを記載するものであ
る(30条の2第1項)。
 被告は、被告の長の行為について、国家賠償法1条1項の責任を負うものである。

3 住基ネット
 住基ネットは、@国民ひとりひとりに異なる11桁の番号である住民票コードを
つけ、行政事務の個人識別手段として利用するものであること、A全国のすべての
地方自治体でつくるコンピュータネットワークであること、B国民にICカードで
ある住民基本台帳カードを持たせようとするものであること、に特徴がある。@A
Bが揃った制度を採用している国は世界中で日本しかない、特殊な仕組みである。
 @では、住基ネットが住基法に基づく制度である関係から、住民票コードをつけ
られるのは、日本国内に住み住民登録している日本国民に限られる。日本国内の市
町村に住民登録をしていない国外在住の日本人、日本に在住する外国人、法人には
付けられない。
 Aでは、全国3,100余の市町村各自の選択制ではなく、住基ネットに関する財政
負担能力や首長・職員らの管理能力を一切問わない全市町村加入制を採用している。
 Bでは、住基カードの発行を受けるか否かは国民各自の判断に委ねられている(住
基法33条の44第1項。以下法律名の断りがない条文はすべて住基法である。)が、
住基カードがICカードであることの必然性と危険性については、総務省において
も各市町村においても十分な検討がなされていない。
 市町村は、住民票コードと氏名・生年月日・性別・住所・変更履歴を合わせた「本
人確認情報」(30条の5第1項)を、日々、都道府県に送信し、都道府県は指定情
報処理機関である財団法人地方自治情報センター(以下「地方自治情報センター」
という。)に送信し、地方自治情報センターは、国の行政機関等からの本人確認に応
じる。これは、本人確認情報が「市町村→都道府県→地方自治情報センター→国」
という方向で流れるもので、タテのネットワークといい、2002年(平成14年)8
月5日から施行になった仕組みである。
 他方、市町村間でも、本人確認のために、相互に本人確認情報を送信し合う関係
にある。住基カードを利用した引越しに際しては、本人確認情報以外の住民票情報
が送信される(24条の2第1項)。これをヨコのネットワークといい、2003年(平
成15年)8月25日から施行になった仕組みである。

4 事実の経過
 1990年代後半、被告の前身である保谷市及び田無市は、全国の多くの市町村とと
もに住基ネットないしこれに類する制度を法制度化することを総務省に求め、また、
他の市町村が住基ネットないしこれに類する制度の法制度化を求めようとしたこと
について反対しなかった。
 1998年(平成10年)3月、政府は、住基ネットを住民基本台帳法の改正案(以
下「住基ネット法案」という。)として閣議決定した。
 被告は、上記閣議決定に先立って議会に住基ネットの問題点を何ら説明せず、議
会は、上記閣議決定以前に住基ネットの法制化の是非について何ら検討しなかった。
 上記閣議決定後、住基ネット法案成立までの間も、被告は、議会に住基ネットの
問題点を何ら説明せず、議会は、この間、住基ネットの法制化の是非について何ら
検討しなかった。
 1999年(平成11年)6月、住基ネット法案に関連して、小渕恵三内閣総理大臣
が、衆議院地方行政委員会で、「政府として民間部門を含む個人情報保護のあり方を
総合的に検討し、法を含めたシステムを速やかに整備することが前提だ」と発言し
た。
 同年8月、住基ネット法案が成立した。その際、附則1条1項本文で「この法律
は、交付の日から起算して3年を超えない範囲内において定める日から施行する。」
と規定するとともに、同条2項で「この法律の施行に当たっては、政府は、個人情
報の保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする。」と規
定した。
 その後、被告は、原告らに住民票コードをつけるまでの間、原告ら住民に対して、
被告に住民登録している住民全員に住民票コードをつけることとその意味、住基ネ
ットの構造、市町村の法的責任、財政負担など、住基ネットに関する重要な事項に
ついて何ら説明をおこなわなかった。
 2002年(平成14年)6月25日、西東京市議会が住基ネット稼動開始延期を求
める意見書を採択したが、被告はその実現のために何らの努力もしなかった。
 同年7月20日頃までに、被告の長は、原告らに対して、それぞれ異なる住民票
コードをつけ、東京都に送信した。
 同年8月5日以降、被告の長は原告らに住民票コードをつけたことを知らせる通
知を郵送し、原告らはこれを受け取り、自分に住民票コードがつけられたことを知
った。
 被告は、住基ネットを外部に接続しないことで住民票コードの無効化ができるの
に、それをしないために、原告らは、住民票コードをつけられたまま今日に至って
いる。
 被告は、住基ネットの法廃止に向けた努力を何もしていない。

5 住民票コードの特異性
 住民票コードは国民ひとりひとりに割り振られた11桁の番号であり、異なる人
に同じ番号が割り振られることのない仕組みにしてある(30条の7第1項・2項、
30条の10第1項1号・2号、30条の2第1項・2項)。従来からある単なる整理
番号とは全く異質である。
 整理番号は特定の業務の都合でそのかぎりにおいてつける番号であるから、業務
ごとに付番する都合上、業務ごとに番号が違っている。業務形態が変われば、ある
番号は抹消されるかもしれないし、他の番号に変えられるかもしれない。ひとつの
市町村の業務の中でさえ、番号は統一されていない。まして、他の市町村に引っ越
せば、その市町村の業務において独自の整理番号をつけるので、引越し前の市町村
の整理番号を引き継ぐことはない。このような一過性で業務別であることが、業務
処理上の利便として、本人の意思を確認することなく、行政内部の都合で使用され
ることが許される理由である。
 これに対して、住民票コードは同一人についてはどのような行政事務でも同じ番
号で処理するというものなので、業務形態が変わろうが、本人が他の市町村へ引越
しをしようが、変わらない。人の生涯に付いて回る番号である。住民票コードを変
更する手続はあり、いつでも何回でも変更できる(30条の3)が、旧住民票コード
は変更履歴として残る仕組みになっているので、個人データを管理する側にとって
は、住民票コードの変更は個人データの連続性が切れる原因にはならない。つまり、
個人データ管理の問題としては住民票コードを変更しても人の同一性はずっと把握
し続けることができる。
 住民票コードによる個人データ処理を進めて行くのであれば、国民ひとりひとり
を特定するのに、氏名・性別・生年月日・住所は必要なくなる。これらの個人デー
タを揃えて本人を確認することはむしろ不便である。住民票コードだけがよい。個
人データをコンピュータ管理し、行政機関同士が便利に利用し合うには個人の識別
を間違わないことが決定的に重要であり、この点からは同じ番号が複数ない仕組み
になっている住民票コードだけで処理することが最も確実であり、かつ極めて便利
なのである。
 住基法は、国や地方自治体の行政事務において広く住民票コードを使用すること
を禁止していない。法律や条例を設けさえすれば、どのような行政事務にも住民票
コードを使用することができる(30条の6、30条の7第3項・4項2号・5項2
号等参照)。
 同じコードで個人情報を管理するということは、必然的に、同じコードで管理し
ている個人情報を相互につき合わせて便利に利用することを予定しているものと言
える。
 人権尊重を憲法の基本原理とする社会にあっては、利便性はすべてに優先する価
値ではない。氏名(の変更を含め)・性別(の変更を含め)・生年月日は個人のアイ
デンティティ=個人の尊重(憲法13条)にとって切っても切れない重要な要素で
ある。それが住基ネットの住民票コードに取って代わられる可能性がある。これは
一過性の単なる整理番号の域を遥かに越えた問題である。

6 住民票コードの違法性
(1) 住民票コードをつけたことの違法性
(@)人格権の侵害
 住民票コードは業務に関係なく特定の個人に結びついた番号であって、家畜や工
業製品などに固体別につける番号とまったく同じ機能を果たすものである。国を初
めとする都道府県、市町村などの行政機関との関係において国民を家畜や工業製品
などと同じ扱いにすることは、明らかに人格権(憲法13条)を侵害するものであ
る。
 被告の長が原告らに対して住民票コードを付けたことは違憲である。

(A)プライバシー侵害
 住民票コードは特定の個人のデータの名寄せを容易にする極めて有効な手段であ
るがゆえに、行政機関内において住民票コードの活用は極めて安易に急激に広がる
可能性がある。特定の業務のために収集された個人情報が、住民票コードつきの個
人データとしてコンピュータ管理されることで、技術的には、多分野に分散してい
る特定の個人データを寄せ集めて、どのようにでも利用できる可能性が著しく高ま
る。断片的な個人データが集められると、そこにトータルな個人データが集まるこ
とで、断片的個別的なデータしか診ることができなかったとき以上に、その人の行
政サービスの受給状況や生活などを覗き込んでいるような、プライバシー侵害の危
険性が著しく高まる。
 住民票コードを国民ひとりひとりにつけることが個人のプライバシー侵害の危険
を確実に飛躍的に高めているという意味において、住民票コードをつけること自体
がプライバシー(憲法13条)の侵害に当たる。

(2) 住民票コードの抹消又は送信停止しないことの違法性
 住民票コードは一旦、つけてしまったら、つけなかったのと同じ状態に戻れなく
なるという意味での、取り返しがつかなくなるわけではない。
 一旦、住民票コードをつけたとしても、住民票コードだけで個人データを管理す
るようになるまでは、住民票コードは常に最新の他のデータ(住所、生死、氏名、
法制化如何によっては性別)と一緒になっていることによってのみ価値があるもの
なので、被告の長が被告の管理する住民票記録(7条)のうちの住民票コード(13
号)を直ちに抹消するか送信(30条の5)を停止するならば、すでにつけた住民票
コードであっても、以後、「本人確認情報」(30条の5第1項参照)に含まれる住民
票コード以外の個人データ(住所、生死、氏名、性別)の変更状況がまったくわか
らなくなるので、住民票コードとしてもほとんど機能しなくなる。
 住民票コードを個々の国民につけたままにしていることは、日々、個人の人格権
(憲法13条)を侵害するとともに、プライバシー(同条)侵害の危険にさらしている
ことになる。

7 責任
 被告は、国や東京都よりも住民に身近な行政事務を担う行政機関として、住民に
対してその生活や人権を守る第一次的責任を負う立場にある者である。住基ネット
は自治事務(地方自治法2条8項)であり、当該自治体内における管理運用責任は
当該自治体が負うものである(36条の2参照)。
 にもかかわらず、被告は、原告ら住民の人格権ないしプライバシー権侵害に関す
る問題認識を欠き、故意又は過失により原告ら住民の人格権ないしプライバシー権
を侵害し続けている。

8 損害
 以上のような被告の無責任な対応によって原告らの被った精神的苦痛は、原告ひ
とりにつき少なくとも金10万円は下らない。

9 結論
 よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をするために本
件提訴に及んだ。

証 拠 方 法
1 甲第1号証(書籍『「住基ネット」とは何か?』)
2 甲第2号証(書籍『プライバシーがなくなる日』)

付 属 書 類
1 甲号証原本   各1通
2 訴訟委任状  119通
3 戸籍謄本     4通
4 戸籍抄本     1通
5 訴状副本     1通