平成16年(ワ)第16702号 損害賠償請求事件
平成17年(フ)第10492号 損害賠償請求事件
原 告 ○○○○ほか123名
被 告 西東京市
準 備 書 面 (5)
平成18年2月13日
東京地方裁判所民事第7部合B通係 御中
被告指定代理人
榮 岳 夫
川 島 喜 弘
宮 崎 雅 子
宮之下 信 一
石 坂 浩 二
下 屋 和 孝
大 川 強
管 野 照 光
岡 村 保 彦
早 川 礼 成
被告は,本準備書面において,原告ら準備書面(6)及び同準備書面(7)における主
張に対し,必要と認める限度で反論する。
なお,略称等は,本準備書面において新たに用いるもの以外は,従前の例による。
第1 国家賠償法1条1項の違法が認められる要件について
原告らは,「国家賠償法第1条第1項の『違法』については,行政処分が客
観的に違法であれば,公務員の故意過失を問うことなく,同条項においても当
然違法となると解釈されるべき」であり,「国家賠償法の『違法』について,
被告がいうように注意義務を尽くしたか否かという概念を持ち込むことは,違
法と過失という本来,別次元の問題を理論上,一緒に処理してしまおうとする
もの」であると主張する(原告ら準備書面(6)3,4ページ)。
しかし,被告準備書面(4)(4ページ)において述べたとおり,国家賠償法
1条1項の違法とは,公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違
背すること,すなわち当該公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず
漫然と当該行為をしたことをいい, この法理は最高裁判所の判例によつて既に
確立されたものである(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集
39巻7号1512ページ,最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集
47巻4号2863ページ,最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・判
例時報1675号48ページ,井上繁規「最高裁判所判例解説民事篇平成5年
度」377ないし380ページ)。
そして,このような判例法理は,国会議員の立法不作為が問題とされた事案
である最高裁判所平成17年9月14日大法廷判決(判例時報1908号36
ページ)において,「国会議員の立法行為又は立法不作為が同項(引用者注:
国家賠償法1条1項)の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程に
おける行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの
問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別される
べきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するもの
であるとしても,その故に国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の
評価を受けるものではない。」として,再度明確に確認されている。
原告らの上記主張は,確立した最高裁判例に反する独自の見解を述べるにす
ぎず,失当であることは明らかである。
第2 原告らが主張する違法事由に対する個別的反論
1 原告らのプライバシーないし人格権を侵害したとの主張について
原告らは,西東京市長が住民票コードを住民票に記載した行為,本人確認情
報を東京都に送信した行為及び住民票コードの抹消又は送信停止をしない行為
(以下「本件各行為」という。)について,原告らの人格権及びプライバシー
権を侵害するものであり,違憲(憲法13条違反)かつ違法であると主張する
(原告ら準備書面(6)4ページ)。
しかし,原告らの上記主張がいずれも失当であり,本件各行為が国家賠償法
1条1項の適用上違法と評価される余地がないことは,被告準備書面(1)第2
の2(9ないし11ページ),同準備書面(3)第3(4ないし10ページ)及
び同準備書面(4)第2(5ないし24ページ)において詳述したとおりである。
なお, 自己情報コントロール権説に立つ長谷部恭男教授も,その意見書(乙
第10号証。以下「長谷部意見書」という。)において,本来プライバシー権
が個人の私生活上の自由を保護するものであって,個人の公的活動領域をも含
めて当然に保護するものではなく,また,私的生活領域にかかる自己情報につ
いてさえ,情報主体たる個人がそのすべてについてコントロールすることは事
実上不可能であるとして,「自己情報コントロール権」として把握されるプラ
イバシーには本質的な限界があると指摘する。
その上で,本人確認情報のセンシティヴィティは高いものとはいえないから,
公権力によるその収集や処理が許されるか否かは,原則として,正当な政府利
益があり,情報の収集や処理が当該政府利益の実現のために必要であり,かつ,
その実現手段として合理的な場合であるとする,緩やかな審査基準に服するこ
とになるところ,本人確認情報が,住民基本台帳法の認める行政事務の処理に
おいて,本人確認のために必要な情報であることは明らかであるとし,住基ネ
ットの運用が直ちに自己情報コントロール権を侵害するものではないとの見解
を表明している。
2 住基法36条の2に違反したとの主張について
ア 原告らは,住基法36条の2第1項の規定は,市町村長に対し,住民票に
記載されている事項の適切な管理のために必要な措置を講じなければならな
い法的責任を定めた規定であるとした上で,西東京市長は,上記のような措
置をおよそ講ずることなく本件各行為を行ったものであり,これは同項の規
定に違反すると主張する(原告ら準備書面(6)4ないし6ページ)。
イ しかし,そもそも同項の規定に基づき市町村長がどのような措置を講じる
必要があるかは,住基ネットの運用状況や当該市町村における個別具体的な
事情に応じて異なるというべきである。
この点について,原告らの上記主張は, どのような状況の下で, どのよう
な措置が講じられる必要があるかを全く特定しておらず,主張自体失当であ
る。
ウ これをおくとしても,被告(西東京市長)は,西東京市個人情報保護条例
(乙第6号証),西東京市情報セキュリティポリシー(乙第9号証の1),
西東京市住民基本台帳ネットワークシステムセキュリティ対策基準(乙第1
1号証),西東京市届出等における本人確認事務取扱い要綱(乙第12号証)
等に基づき,「住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の漏えい,滅失
及びき損の防止その他住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の適切な
管理」のために必要な措置を講じている。
3 改正法附則1条に違反したとの主張について
(1)原告らは,被告は,政府が「個人情報の保護に万全を期するため」の「所
要の措置」を講じていなかったにもかかわらず,住基ネットの稼働を開始し
たものであり,これは改正法附則1条2項に違反すると主張する(原告ら準
備書面(6)6,7ページ)。
(2)しかし,そもそも原告らの上記主張は,同項の規定に基づきどのような措
置が講じられる必要があるかを全く特定しておらず,主張自体失当である。
(3)これをおくとしても,改正法は,附則1条1項において,公布の日から起
算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行すると定めて
おり,政府は,公布の日から3年を超えない日に改正法を施行することが法
律上義務付けられていた。このため,政府は,平成13年12月28日政令
第430号をもって,平成14年8月5日を改正法の施行日と定め,改正法
を施行したのであって,違法な点は全くない。
(4)しかも,政府は,以下のとおり,「所要の措置」を講じている。
ア 改正法附則1条2項の規定は,平成11年の改正法案の国会審議の過程
において,住基ネットについては,同法によって,十分な個人情報保護措
置が講じられているものの,なおプライバシー保護に対する漠然とした不
安,懸念が残っていることを踏まえ,議員修正により規定されたものであ
る。
また,その国会審議において,小渕恵三内閣総理大臣から「住民基本台
帳ネットワークシステムの実施に当たり,民間部門をも対象とした個人情
報保護に関する法整備を含めたシステムを速やかに整えることが前提であ
ると認識」との答弁がされた。この答弁は,行政府の長として,個人情報
保護の必要性についての認識を示したものである。
そこで,政府は,これらを踏まえ,平成13年3月27日に「個人情報
の保護に関する法律案」(以下「個人情報保護法案」という。)を第15
1回国会に提出した。
イ そもそも,政府は,立法機関でなく,自ら法律を制定することはできな
い。したがって,改正法附則1条2項にいう「所要の措置」が法律案の検
討,作成,国会への提出を意味することは明らかであって,政府としては,
平成13年3月に個人情報保護法案を国会に提出したことにより,「所要
の措置」を講じたことになる。
ウ なお,上記法案が提出された後,平成14年12月6日に,「与党三党
修正要綱」(与党三党としては,政府原案に対する修正方針を取りまとめ,
政府に提示し,法案の次期通常国会への再提出を求めることを内容とす
る。)が公表され,同月13日に個人情報保護法案は,審議未了により廃
案(第155回国会)となった。その後,政府は,上記与党三党修正要綱
に基づき,平成15年3月7日に,個人情報保護関係5法案(@個人情報
の保護に関する法律案,A行政機関の保有する個人情報の保護に関する法
律案,B独立行政法人の保有する個人情報の保護に関する法律案,C情報
公開・個人情報保護審査会設置法案,D行政機関の保有する個人情報保護
法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案)を提出し,これらは,
国会で可決成立し,同年5月30日に公布された。
(5)この点について,名古屋地方裁判所平成17年4月28日判決は,改正法
1条2項は,「政府に対し,各議院における附帯決議よりも重い政治的責務
を負わせる内容のものにすぎず,改正法の施行条件を定めたものと解する余
地はない」と判示している(乙第13号証の「事実及び理由」欄第3の3)。
被告(西東京市長)が住基ネットの稼働を開始した行為が同項に反するも
のでないことは,上記判示に照らしても明らかである。
4 地方自治法2条14項,地方財政法2条1項,4条1項に違反したとの主張
について
原告らは,西東京市長は,住基ネットについて費用対効果を全く検討せず,
本件各行為を行ったものであり,これは地方自治法2条14項,地方財政法2
条1項,同法4条1項に違反すると主張する(原告ら準備書面(6)7,8ペー
ジ)。
しかし,住基ネットの稼働による費用対効果といつた問題は,改正法の審議
過程で議論されるべき問題であり,これが成立して施行される以上,地方公共
団体は,法律に定められた事務を処理することを義務付けられるのであって,
当該法令に違反してその事務を処理することはできない(地方自治法2条16
項本文)から,かかる問題は,市町村長が判断すべき事項でない(乙第13号
証の「事実及び理由」欄第3の5)。
したがって,原告らの上記主張は,西東京市長が住基ネットについて費用対
効果を検討したか否かを問うまでもなく,失当である。
第3 求釈明申出について
原告らは,同準備書面(7)(14, 15ページ)において被告に釈明を求め
る。
しかし,本件における原告らの主張がいずれも失当であり,本訴各請求が速
やかに棄却されるべきことは,これまで述べてきたところから明らかであるか
ら,上記求釈明申出は,本件の訴訟関係を明瞭にするために必要なものではな
い。
第4 結語
以上のとおり,原告ら準備書面(6)及び同準備書面(7)における主張はいずれ
も失当であり,本訴各請求には理由がないことが明らかであるから,いずれも
速やかに棄却されるべきである。