意見陳述−若林京子

2003.7.10 東京都庁第一本庁舎25階115会議室

住基ネットは誰のためのものか

若林京子(申立人総代)

●戦争を体験した一市民として

 私は、格別な肩書のない平凡な一市民として感じているままを申し上げたいと存じます。

 私は、さきの戦争を体験しましたが、戦争はそのあともずっと大きな影響を持ち続けました。その中で、国民を一つの方向に向かわせるような流れができたとき、これは警戒しなければいけないということを学びました。今回の住民基本台帳ネットワークシステム化は、まさにこの事柄だと思います。

 昨年8月5日に住基ネットが稼働しました。それに際しては、国会の審議の中でさまざまな疑問が出されました。憲法違反とか、国民総背番号制ではないかということが出されました。1990年6月、国会で、当時の小渕首相は、「住基ネットの実施に当たりましては民間部門をも対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムをすみやかに整えることが前提であると認識しております」と答弁しております。ところが、個人情報保護法は成立していないのに改正住基法は国会を通り、住基ネットは稼働してしまいました。そして、そのとき付帯決議で、「法の運用に当たってはプライバシー保護に関する意見を尊重するとともに、地域住民が制度の趣旨を十分に理解できるよう徹底を図ること、プライバシー保護に十分な措置を講ずることにより、住民が信頼に足る制度の確立を図ること」といたしました。しかし私は、西東京市や東京都が住民に対して意見を聞いたり、制度の趣旨を十分に理解できるようにしてくれたという記憶はありません。また、住民が信頼に足りる制度とするようプライバシー保護に十分な措置をどのようにしたのか、一切知らされておりません。

 改正住基法が問題になってから多くの人々の疑問や反対意見が出る中で、片山総務大臣は「そんなに心配することないですよ。氏名・生年月日・性別・住所だけなんですから。今までだって住民票に入れてあったんだ」と言っておりました。しかし、本人の確認情報は、当初、93の行政事務に限って使われると説明されていたものが、この8月には264事務にふえているというのです。なぜそういうことになっちゃうの? といいたい。これでは、氏名・生年月日・性別・住所・住基コード・変更履歴の6項目がやがてどのように拡大されていくのか、わかったものではありません。そうなれば、片山総務大臣の発言は詐欺であると言われてもしかたがないのではないでしょうか。

 この5月23日、個人情報保護関連5法が成立しました。しかし、内容には多くの不安点があり、強い抗議の声がありました。国会審議の中で出た問題で、市町村が自衛隊に適齢者名簿を提供していたことや、防衛庁が情報公開請求者のリストをつくって庁内に配付していたことなど、このような問題を通じて危うさが明確になったのに、修正もせず成立させたのはどんなものかという批判もありました。したがって、成立した個人情報保護法は納得のいくものではありませんでした。


●自治体首長の責任はきわめて大きいはずなのに

 長野県本人確認情報保護審議会をはじめ幾つかの団体が出している調査報告では、自治体の多くの住基ネットの担当職員が、まず、「住基ネットは自治体の負担が大きいわりにメリットが少ない」「情報漏洩などプライバシーの面が心配だ」といっています。また、それに加えて、ほとんどの自治体で業者に頼っていることも事実だといいます。そして、担当者は今回のやり方に対して一様に不満を持っていて、「住基ネットは自治事務と言われているが、国の委託事務だ。財政上も大変な出費だ」というのです。これは、私のような素人でも容易に理解できる話で、国は「住基ネットは自治体からの要望です」といっていますが、どうもそうでないらしい。国がやりたかったのではないか。もしそうなら、国は、まず業者に頼らなくてもいいように全自治体の担当者を相当期間特訓しなければならないでしょうし、それと別にセキュリティの技術者を養成して全自治体に派遣するなど必要でしょうが、そんなことをやらずにぜんぶ自治体の責任にして稼働の日を迎えたというのが本当のところでしょう。

 もし何か事があったら、賠償も含めて自治体首長のとらされる責任はきわめて大きいといいます。今、全国の自治体の多くが完全なセキュリティとはほど遠い状態で接続しているのではないだろうかと思います。この事実を認識していたら、首長は心配で夜も寝られないのではないかと思いますが、そうでもないのは、事実をよく知らないからだろうと思います。

 わが西東京市においてもセキュリティ対策はあるようですが、具体的にどのように安全なのか、チェック機能もないし、市民は信じるほかないという状況です。万全なセキュリティなどないと言われていますが、もっと英知を集めて十分な研究、討論が必要だったはずです。


●日本があぶない方向に足を踏み出そうとしている

 住基ネットはだれのためのものなのでしょうか。住基ネットは少なくとも私ども国民のためのものという実感はほとんどありません。当初、総務省は、日本中どこからでも住民票を取れるということをメリットとして挙げていましたが、そんなことは一生に一度あるかどうかです。外国には番号制度を取り入れている国もありますが、日本のように膨大な情報を組み入れることが可能なICカードを取り入れている国はありません。アメリカや韓国では住民登録制度による犯罪が数多く報告されていますが、すでに制度確立してしまうと後戻りできないといいます。しかし、いったん個人情報が漏洩したときの個人的被害は、人権侵害になりかねません。

 住基ネットは、国民総背番号制に道をひらくものではないかという議論があります。仮に今、住基ネットを進めるのに積極的な人たちがみんな善意の人たちで、国が国民を管理するためのシステムをつくろうなんて夢にも考えていない、そういう人たちだとしても、将来、日本がどのように変わるかわかりません。国が国民を管理するための手段に使われる可能性があるというものは、やめるべきです。

 今、日本が足を踏み出そうとしている危ない方向に、住基ネットは大きな役割を持つことになるかもしれない不安を私は感じています。そして、こんな大切なことが民主的に決められていっていないということが一番の問題だと思います。首長は、もっと主体性を持って決断してほしいと願っております。